【ネタバレ有り】新海、てめぇ! – 『君の名は。』を観る

はじめに

アニメーション映画監督・新海誠の約三年ぶりの新作『君の名は。』を公開初日の夜に観てきた。
東京に住む男の子と、東京に憧れる少女。接点のなさそうなこの二人の心と体が入れ替わってしまうという物語。

私が入場時間を待つ間、直前の回を観ていたと思しき多くの観客が『君の名は。』グッズに群がっていたのが印象的だった。
歴代の新海誠監督作の中でも特にメディア露出が多く劇場は満員。夜間にも関わらず若い客層で、カップルの姿もちらほら見られた。
ちなみに私は映画仲間の友達と野郎二人組体勢でTOHOシネマズの「プレミア ボックス シート」を陣取っていた。

予告が終わり、劇場が暗闇に包まれたとき、私の後ろの席のオタク学生と思しき男性が「さあ、ついに……」と独りごちた。ちなみにその男性は終了後に「なるほど……」と納得した様子で呟いていた。
普段映画を観ている時の私を見ているようで、首を絞めたくなった。

私の本作の感想は以下でくどくどと面倒くさく記すが、とりあえずここでは「極めて肯定的に評価する」とだけ言っておこう。

本作は前知識無しで観たほうが望ましい要素が含まれているため、物語の本筋に言及する本記事は未見の方向けではない。
また、その流れで『秒速5センチメートル』の結末についても間接的に触れているためこちらを未見の方も回れ右してレンタルビデオ屋に走っていただきたい。まあ、今ならNetflixで新海誠監督作はほぼ全て観ることが出来るため、必ずしも走らなくともよいのだが。


謝罪

まずは謝罪から。

私は本作の予告編をはじめて観たとき、次のようなツイートをした。

言葉も悪ければ早計も甚だしい。
本作は明らかにこれまでの新海誠監督作よりも商業的に勝負を仕掛けに来ている。その第一手として、「男女入れ替わり」というキャッチーな題材の提示と、爽やかな青春恋愛劇テイストで通したこの予告編は多くの人の目を惹いただろう。

しかし、新海誠といえば病んでて妄想激しいストーリー・テリングという固定観念に囚われた私は「そうじゃねえだろ!」と激昂したのだ。
もっとボソボソした童貞臭いポエムを入れて、しとしとと雨を降らせたりしろよ新海よお!
そんなことを思った私は、とりあえず新海誠だから観る予定リストにはいれるけれど、優先順位としては後回しでいいかななんて考えていた。

先週の日曜日――8月21日までは。

先週の日曜日は件の友人とやはり二人きりで『ファインディング・ドリー』を観に行った。
こちらもたいへん愉快で感動的なアニメーション作品だったのだが、それはともかく私はこのとき初めて『君の名は。』の第二弾予告を目にしたのだ。

なんと言ってもちゃんと雨が降っている!
……もちろんそれだけではなく、予告編半ばでトーンが一変してからの、映像的・セリフ的な新海誠テイストにガツンとやられた。映像からは、雨の匂いとともに新海誠の過去作と同じ匂いが漂っていたのだ。

しかし私は先の愚かなツイートを投稿してしまった手前認めきれず、友人には「悔しいけど面白そう」と無意味に抵抗のニュアンスを含めつつ感想を伝え、当初の予定を変えて公開初日に観に行くことにしたのだった。

だから謝ります。最初、マジで舐めてました。ごめんなさい。

新海誠映像の満漢全席

私は劇場で映画を観た直後にその勢いのまま定形ツイート†01を投稿する。
鑑賞後のテンション任せなので、後から見返したときに「何言ってんのコイツ」となることも多々あるが、まさにその感覚を今味わっている。

「満漢全席」って喩えはどうなのだろうか……。

でもなんとかニュアンスは汲み取ってあげられなくもないぞ、鑑賞直後の私よ。
『君の名は。』には、これまで数多く生み出されてきた新海誠映像――映画はもちろん、ゲームのオープニングムービーやテレビCMを含む――を想起させる場面や背景がそこここに散りばめられている。
もちろん、電車趣味や目映いまでの星空などは新海誠映像全作通しての基本だが、具体的に過去作の記憶が刺激された映像として次がある。

  • 本作の象徴的な場所として宮水神社のご神体を中心としたすり鉢状の草原が出てくるが、このキーアイテムを中心として円形にえぐられた地形というイメージは『星を追う子ども』でクライマックスの舞台となる「フィニス・テラ」に通じる。
  • 主人公である瀧と三葉が暮らす、東京の街並みと緑のある田舎の風景とを交互に見せる映像構成は、『はるのあしおと』のオープニングムービーや、Z会のテレビCM『クロスロード』を思い起こされる。
  • 災禍に見舞われ崩壊した街並みは『ef – a fairy tale of the two.』の2つのオープニングムービーで似たような描写がなされている。
  • クライマックスに至る演出は全体的に『秒速5センチメートル』のそれを思い出させる。

こうまで過去作のトレースをやられると、これまでの新海誠映像に慣れしたんだ人間としては観劇中に何度もフラッシュバック。
宣伝攻勢的に新海誠監督作としては恐らく最も初見の観客を集める作品になるだろうが、そんな作品の中にこんなにも過去作のイメージがふんだんに使われるとファンとしては嬉しいものである。

また、本作には二つも楽曲にのせたオープニングシーンがある。
私はいつまで経っても「新海誠といえばminoriオープニング」な人間なので、ここまで直球に音楽+映像で惹きこむオープニングを一つの作品の中で二度も味わえるというこの贅沢さよ……!

一つ目は入りも内容もTVアニメの構成をイメージしたもの。しかし、やはり目を奪われるのは瀧と三葉が日々入れ替わりを繰り返す様子を一つの楽曲が終わるまでのスパンでスピーディーに展開する二つ目のオープニングシーンだろう。
個人的に新海誠はその風景美術以上に、楽曲と映像のシンクロによる快感†02を引き出す才能に秀でていると考えており、二つ目のオープニングではこの手腕が遺憾なく発揮されていた。満腹。

かつてのトキメキを追い求め続ける人生

今回、シナリオ面で驚いたことがある。

新海、てめぇ! ギャグセンスあるじゃねーか! と。

これまでの新海誠作品は美しい背景をバックに、内省的な登場人物がすれ違いながらくどいポエムを重ねていくという作品ばかり†03で、コメディが入り込む余地がほとんどなかった。
しかし今回、「男女入れ替わりモノ」というコメディ向きなフォーマットを用いつつ、きちんとそれを利用した上で映画的な笑いを実現できていた。とあるシーンでふっと挟まる「ちょっとかわいかった」という台詞には劇場大爆笑。

映画は瀧と三葉の入れ替わりが突如として終わるタイミングでコメディテンションから徐々にシリアスへと傾き始める。
先述した「災禍に見舞われ崩壊した街並み」のイメージが瀧の前にまざまざと提示され、失った三葉(=半身)を求めて彷徨い始める。

新海誠の代表作である『秒速5センチメートル』の第三幕では、かつて好きだった女性との日々、トキメキの残滓を追い求め続ける男が描かれる。
この、表面的に見ればいつまでも初恋を引きずり続ける男の姿を描いてしまったことが、新海誠作品=童貞イメージを決定づけたように思う。

これこそが『秒速5センチメートル』、ひいては新海誠作品全体の好き嫌いを別つ一大要素だと思う。

でも分かんだよ! かつてのトキメキを追い求め続けてしまう人生の在り方が!
もちろん、私だってそこに未成熟な痛さを見るさ。しかし、同時にその切ない痛みに共感して胸が張り裂けそうになったんだ。二重に痛いんだ。

『君の名は。』では三葉を救い出すための突破口を見つけた瀧は、しかし三葉と共にお互いのことを忘れてしまい、ただトキメキだけが心の奥底に刻みつけられてしまう。
五年後。そのトキメキの正体が人なのか、場所なのかも分からなくなった二人。しかし、二人は電車を挟んで互いの姿を目にしてしまう。

ここまで『秒速5センチメートル』を再現するのかと。
「新海、てめぇ! そこまでやるか!」と。
怒声をあげつつ笑顔で涙、サムズアップだ。

瀧と三葉は東京を駆けまわり、互いの半身を探し求める。
その結末を前にこう思ったのは私だけではないはずだ。

9年越しに、やっと会えたね――と。
もちろんこの9年とは、『秒速5センチメートル』が公開された2007年から数えた年数である。

二本の映画を混同して語ることは基本的に間違っていることだと認めるが、しかしそれほどまでに『秒速5センチメートル』は私の人生にとって重大なトラウマだったのだ。

おわりに

新海誠映画はいつも私の童貞性を蘇らせる。

今回はこれまで以上に広く観られることを意識してか、その童貞性(特にポエム)を抑えめにしていることは予告編からも明らかだ。
しかし『君の名は。』の中にはそれ以外の新海誠の遺伝子がこれでもかと刻み込まれていた。そんな本作が新海誠の新たな代表作となることは間違いないだろう。そのことがただただ嬉しい。

私の中で『秒速5センチメートル』は人生における超重要作なので特別除外とするが、それを除けば『君の名は。』の達成度は他の新海誠監督作と比較すれば出色の出来栄えである。

しかし思うに、『秒速5センチメートル』で私にトラウマを植え付けておきながら、『君の名は。』でそのトラウマを昇華させるというこの構図は、いわゆる「マッチポンプ」というものなのでは……?

……新海、てめぇ!

脚注

脚注
01「(作品名)観た。(短めの感想)」という形式。ここ二年ほど欠かさず続けている。
02『はるのあしおと』のオープニングといえば誰もが真っ先に「傘!」と答えることに代表される、あの気持ちよさ。
03褒めてます。
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