『ノラと皇女と野良猫ハート』レビュー

"生と死と自由のうた"

点数ブランドプレイ時間
75点HARUKAZE約30時間
シナリオ
はと
原画
大空樹、日下部ハルカ(SD・サブ)、亜門(サブ)、ひずみ(サブ)
紹介サイト
ノラと皇女と野良猫ハート
備考
 


真っ先に蛇足を消化してしまおう。私は猫が嫌いである。そもそもイキモノ全般が苦手で、気味が悪く、扱いづらいものだと思っており、それをカワイイだなんて到底思うことはできない。

しかし、本作ではよりにもよって主人公が猫になってしまう。そんな主人公を前にして、二次元美少女のカワイイ成分を摂取するためにエロゲーに精を出している(ダブルミーニング)私でも、こう告白せざるを得ない。この不貞腐れたオスネコはカワイイ……!

主人公・反田ノラは、今は亡き母親が残した家で、母親が養子にした不思議な少女・夕莉シャチと共に暮す普通の男子学生。そんなノラの前に現れた(行き倒れていた)少女は死者の世界――冥界の皇女であるパトリシア・オブ・エンド。パトリシアは冥界の滅びを食い止めるため、地上に死を与えに来たのである。

しかし地上の常識がまるで持たないパトリシアは、ギャル風少女・明日原ユウキや、風紀委員・黒木未知を巻き込んでのドタバタ劇の果に、魔法のキスでノラを猫の姿へと変えてしまう。

本作は基本的にハイテンションなドタバタコメディだ。特に、冥界から来た異邦人であるパトリシアとの常識の乖離による噛み合わない会話の数々や、猫になってしまったノラがヒロインたちに自分の存在に気づいてもらおうと必死にもがくが伝わらないといった様を描くといったように、コミュニケーションの困難さを転じてギャグとする手腕はお見事

コミュニケーションを巧みにギャグにできるだけあって、やはり会話劇として優れた作品だ。注目していたコト・モノが登場人物たちの会話を通してその意味を柔軟に変化させることで笑いや感心を生むのである。

ここで、本作を会話劇に特化させるために仕掛けられた特有の演出テクニックを二つ紹介しよう。

第一に動作描写の短縮。例えば「(呼びかけ)おーい、大丈夫ですか。あのー」といったように、細かい動作描写は会話文の中に括弧書きで入れてしまうのである。ここから地の文を削り会話のテンポを重視していることが伺える。

第二にナレーション。本作は地の文として主人公の一人称描写に加え、登場人物たちを俯瞰的に捉えたような三人称のナレーションが落ち着いたトーンの女性ボイスで展開される。この演出は紹介しきれないほどに様々な効果を上げているが、特に説明的な地の文にも会話劇的なテンポ感を付与することに貢献している。

これらの実験的な演出が功を奏してライターが得意とする会話劇を一層盛り上げる。ひとつひとつの会話はシーンを構成するため、個々のシーン単位で見ると巧い、面白いと感じることは非常に多い。

一方で、シーンとシーンの繋ぎについてはややぎこちないところが見られる。特に未知ルートではそれが顕著で、シーンを跨いでの未知の心の移り変わりが分かりにくく、必要なシーンをいくつか飛ばしたかのような違和感を抱いた。

モブキャラクターの扱いについても苦言を呈したい。本作は主人公を中心としたコミュニティ内の友情を一つのテーマとして描いているが、その友情に対する試練としてコミュニティの外部のモブキャラクターたちが取る極端な行動に頼りすぎているきらいがある。

例えば、ユウキルートで即逮捕レベルの犯罪行為を犯す連中然り、人の礼儀としてどうかと思う言動で主人公との仲を引き裂こうとする未知の母親然り。リアリティの問題もあるが、内と外の断絶が強く感じられてしまい不愉快なメッセージをテーマに乗せてしまっている。

ここまで欠点を並べてみて分かるように、未知ルートは多くの難点を抱えた問題のあるルートだ。しかし、このルートに用意されている「三つの告白シーン」は本作の白眉とも言える名シーンだったりするので、そのアベコベ感が惜しく感じてしまう。

逆に言えばこれらの欠点が薄いパトリシアルート、シャチルートは個人的に大変満足できた。

……とは言え、シャチルートは開示された設定があまり活かしきれないまま終わってしまうため消化不良に感じる方も多いだろう。個人的にはシャチの裏に隠れた壮大な設定をチラ見せしつつ、しかし「何も起こらない」というストーリーによって却って日常の尊さを噛み締められるという仕掛けがクレバーでよく出来ている感じた。ゲーム全体のボリューム的にシャチの設定を描ききる予算がなかったというのが恐らく実情だろうが、それでこのルートが出来上がったのなら御の字だろう。

エッチシーンについて。攻略ヒロインが全員巨乳であることもあり、ヒロインたちの母性を際立たせるプレイが多め。一部シーンではその傾向が行き過ぎててダダ甘具合いが度を越しており、正直気味が悪いと感じたりもしたが、エロいっちゃエロい。全ヒロインに風呂場でのシーンが用意されているのも特徴か。

音楽について。幅広いバリエーションのBGMが用意されており、愉快な日常パートに彩りを与える。個人的にお気に入りはメインテーマのアレンジである「野良猫ハート ~Acoustic~」で、アコースティックギターの爽やかな音色が心地よいのはもちろんのこと、掴みの強い前奏がギャグシーンでも活かされていたのが印象深い。

魅力的な登場人物たちによる自由闊達なバカ騒ぎを眺めているだけで強い多幸感が得られる本作。本編シナリオと全く関係のない掛け合いを展開する「ネコのお考え」コーナーだけを数時間くらい見ていたいと思うユーザーは多分私だけではないはずだ。クリア後に「もうちょっと遊ぶ」という選択肢を思わずクリックしたくなる、そんな一作である。


【関連リンク】
ディスコミュニケーション・コメディ – 『ノラと皇女と野良猫ハート』をプレイ1
 ディスコミュニケーション・コメディー、明日原ユウキルート短評、夕莉シャチルート短評

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