2020年08月~09月に観た新作映画を振り返る

はじめに

今回も二月まとめての振り返りとなる。
この記事は映画によって、鑑賞直後に書き溜めたり書き溜めなかったりするため、後者の場合は投稿直前に書くことになってしまい「憶えてねえよ!」となったりならなかったりする。どれかは訊くな!

この記事で扱わないリバイバル上映作ですとジブリの宮崎駿監督作三作品と、ノーラン祭で新たに『インセプション』を再鑑賞。
ジブリは映画にハマって以降の作品しかまともに観てこなかったのだが、『もののけ姫』は圧倒的にすごい映画なんじゃないかと思った。これは後々円盤買うかも。ジブリ作品は様々な配慮により配信サービスでは日本のみ配信されていないといった事情もあり面倒くさい。

それでは2020年8月から9月にかけて私が劇場で鑑賞した新作映画について、それぞれ鑑賞直後のツイートと予告編動画、そして簡単な感想を並べよう。

2020年08月~09月に観た新作映画

海辺の映画館―キネマの玉手箱

今年4月10日に亡くなられた大林宣彦監督の遺作となった作品。奇しくもその命日は本作の最初の上映予定日だったが、新型コロナウイルスの影響で7月31日に延期された。

その内容は……正直あらすじをまとめることすら困難なレベルでやりたい放題の奇想天外、荒唐無稽で無茶苦茶な問題作である。
明日閉館する尾道の映画館が最終日にオールナイトで戦争映画の特別上映会を行うという、そんな一夜を描いた作品であるが、映画館の観客たちがシームレスに劇中劇である映画の中に登場し、白黒無声映画・時代劇映画・戦争映画と複数の映画を横断していくのだ。
更にはそんな観客たちを俯瞰的する爺・ファンタなる宇宙的存在(としか形容詞えない何か)がいて、作中の映画の中で更に演劇をするという”劇中劇中劇”があって……といったように、少なく見積もっても四重メタ構造で、しかも複数の映画という形で横方向にも展開される混沌具合。

演出もとにかく過剰。
これまで大林映画を観たことない人が想像するだろう「過剰演出」のおそらく1000倍くらいの過剰さで、素っ頓狂なセリフやら安っぽいSEの連打やら画面中に自由に表示される字幕やら激しいにも程があるカット割りやら合成であることを隠す気のない映像やら、とにかく不自然極まりない。
映像技術とは「いかに自然に見せるか」というノウハウの蓄積であると考えてしまいがちだが、本作(というか多くの大林映画)はそんな自然志向の映像技術に対するアンチテーゼとして自由を謳歌しまくっている。

しかし、そんな本作が訴えかけてくることはバカでもわかる。「反戦」と「平和」だ。これを恥ずかしげもなくストレートかつダイレクトに投げかけてくる。幾度と挿入される中原中也の詩とともに、今何をすべきかを観客に直接問いかけてくる。
個人的には、ちょっと素直に受け取るには荷が重すぎた、大林監督からの遺言であった。


パブリック 図書館の奇跡

日本の図書館とは異なり、職業支援など多様なサービスを市民に提供しているアメリカの図書館。
凍死者が出るほどの大寒波が訪れた街で、ホームレスの一時宿泊施設も満員のなか、そこから溢れたホームレスたちが一晩だけ泊めてほしいと図書館を占拠してしまう。そんな一夜を図書館職員の男を主人公として描いた交渉劇。

Black Lives Matter(黒人の命も大切だ)運動がその思想や理念を無視して直接「暴動」や「略奪」と繋がっているかのように喧伝されて拡散されているのを見ると正直げんなりする昨今があるが、ここ日本でもテニスプレイヤーの大坂なおみ選手がとった抗議行動に対する一部の受け止められ方を見ると今度はげんなりを飛び越えて恐怖心を抱いてしまう。
本作が訴えかける「ホームレスの命も大切だ」という主張に対する攻撃すらも幻視してしまう勢いだ。

本作は政治やメディアの浅はかな思惑によって弱者の人権が簡単に踏みにじられかねないという危機感を描きながら、しかし最後に主人公とホームレスたちが下した文化的な決断は実に「公共的であり」ながら極めて「公共的でない」という、まさに両面から「公共Public)/rp>」という概念についての考え方を挟み撃ちで刺激してくる。
社会派ドラマとしてまさに現在進行系の問題を直視させてくれる秀作である。


ファヒム パリが見た奇跡

実話を元にしたフランス映画で、父と二人でバングラデシュからフランスへ亡命した8歳のファヒムがチェスチャンピオンとなり、滞在許可を得るまでが描く。

ジャンルとしては天才児モノで、チェススクールでの子供同士の交流などお約束を踏まえつつ、チェスを単なる勝負としてだけでなく物語全体のテーマのバックにうまく溶け込ませる手際など良いところも多くあるのだが、個人的に結末がどうしても引っかかりの残るものでもやもやさせられた。

そのもやもやの正体はつまるところ「移民問題」そのものの難しさである。
ファヒムとその家族は止むに止まれぬ事情があった。そういった弱者に対して手を差し伸べられる国家は確かは理想であるが、それでも際限なく救済を行うことは物理的にできない。

となると、やはり弱者は弱者なりに国家に貢献できることを自ら示す必要がある。ファヒムと家族が滞在許可を得られたのは、チェスの力量を見せつけられるだけの才能と機会があったからだ。しかし、全ての人間にそれだけの才能と機会のめぐり合わせがあるわけではない。
実際には作中で描かれるように、多くの移民はおざなりな対応をされて幸福とは程遠い結末を迎えるのだろう。それはもちろんフランスに限らず、ここ日本でも例えば近年の外国人技能実習制度のメチャクチャさを見れば想像するに難くない。

だからこの出来事を美談として描くならば、ファヒムが滞在許可を得た2012年から現在に至るまで、フランスにおいてこの出来事が移民問題、人権問題にどれだけ影響を与えたかを示してほしかったところだ。
こうした物語が良い影響を波及させ、実際に社会が少しずつでも良い方向へと進んでいることを確認したくなるのである。


ジェクシー! スマホを変えただけなのに

『ハングオーバー!』シリーズの脚本家コンビが監督を務めるコメディ映画。
『ハングオーバー!』は好きだが『ジェクシー!』は好きくない。

スマホのAIに恋するという題材だけを見れば『her/世界でひとつの彼女』を真っ先に思い浮かべる。
『her』は好きだが『ジェクシー!』は好きくない。

そんな訳ではっきり嫌いな映画のファイルに入れられてしまった本作である。
ポジティブ至上主義的発想のご都合主義的展開の数々には辟易させられた。
『ハングオーバー!』のようなサスペンスとお馬鹿コメディのジャンルミックスといった新鮮さもなく、AIと恋というモチーフも先発の『her』ほど活かせていない。

AI彼女であるジェクシーもただの万能スマート)/rp>なヒステリック彼女のメタファーキャラクターを登場させるという発想以上のものがない。そんな半端な手付きでスマホ依存症に警鐘を鳴らすようなテーマ設定には失笑モノだった。

とはいえ、こんなイマイチな映画をどうにか売ろうと、吹き替えではAI彼女に花澤香菜さんをキャスティングしたことを筆頭に、現在アニメを中心に活躍する豪華声優陣を揃えて声優オタにターゲティングするといった配給の涙ぐましい努力には労りたい。


ようこそ映画音響の世界へ

映画音響について語るドキュメンタリーなので私からは多くは語ることはないが、映画史に残る名音響シーンの連打の前に映画ファンとしてノックアウト。

今後の映画の「聞き方」が変わる一作。今年ナンバーワン決定である。


ミッドウェイ

ハリウッドの破壊王のひとりローランド・エメリッヒが描く、太平洋戦争の分岐点となったミッドウェー海戦を題材とした伝記ドラマ。

エメリッヒといえばやはり『インディペンデンス・デイ』『デイ・アフター・トゥモロー』『2012』といったブロックバスター映画、ディザスター映画の印象が強いが、『もうひとりのシェイクスピア』など地味めな歴史映画も撮っており、本作はそれらの折衷的な企画と言える。

日米の両面からできるだけ中立的な描写を志しており、日本側では豊川悦司、浅野忠信、國村隼といった強力なキャスティング。
歴史ドラマとしての史実に対する忠実さもそうだが戦争映画としてのアクションも良くできており、特に映画が進むにつれて弾幕がどんどん濃くなっていく急降下爆撃シーンには強いこだわりを感じた。

最後に余談だが、海外映画だと日本人キャストの日本語がどうも聞き取りづらい感じがするのは何故だろう?
『ようこそ映画音響の世界へ』を観た直後なので気になったのだが、たとえば言語によって音響におけるセリフのボリュームのバランスのとり方に差異があり、英語の感覚で音響設計されると日本語は聞き取りづらくなるのだろうかと思った。


ブックスマート 卒業前夜のパーティーデビュー

アメリカ本国では2018年に公開された青春コメディであるが、人権意識という観点ではトップランナーな一作と言える。

舞台となる高校は先生・生徒ともに多様な人種で構成されており、トイレは男女混合のジェンダーフリー。
卒業生は有名大学への進学や有名企業への就職者が多数を占める進学校で、みんなが互いの外見や性的指向を認め合うだけの知性と寛容の精神を具えている。

これらの舞台設定が本作ではもう「前提」なのである。
自他を認め合うなんてことは当たり前の環境で育った若者たちが、それでも起こりうる普遍的な悩みに直面し、その内面をぶつけ合いながら大人になる。青春ドラマとしては普遍的内容なのに、そのドラマを演じるのがはまさに現代サンフランシスコ辺りに住むリベラルな若者たちであるという点から歴史的にユニークなのだ。

それでいながらコメディとしても秀逸で、特にドラッグでトリップ状態になった主人公たちが自らが人形化してしまったと錯覚し、人形だからいいかと連発される心底アホらしい下ネタを、それもフェミニストであるキャラクターがどこか自嘲を含ませながらぶっ放すあたりが壮快で笑えてしっかり考えさせられる。
日本では、特にSNSにおけるフェミニズムについては、フェミニストとその批判者の双方が延々と不問な議論を繰り返しているような有様で、このレベルのフェミニズムギャグは当分生まれそうにない。


テネット TENET

『ダークナイト』『ダンケルク』のクリストファー・ノーラン監督最新作。
公式のあらすじを読んでもさっぱり内容がわからないことからも分かる通り、公開前から謎だらけだったが実際に観てみるとむしろ謎は増えていた、そんな難解映画である。

ずばり、「時間の逆行」という映像的アイデアを映画の主軸においた作品であるのだが、その「時間の逆行」という現象自体が人の直感に反するものであり、それがスパイ映画というジャンル上で展開されることでリニアな物語構成ながらも嘘や秘密といった観客を混乱に誘う要素が入り込み、さらには次から次へと場面転換されるスピーディーな編集が合わさった結果、おそらく誰もが一度観ただけでは完全に把握することができない難解な内容となっている。

実際私もクライマックスシーンではよく分からなくなって、朝イチ回という鑑賞時間も手伝って半睡眠状態に陥ったことを告白しよう。そうさ、寝たさ。俺は寝た!
ノーラン監督もこうなることは織り込み済みというか、複数回観ないとよく分からないということを前提として、初回は理屈は考えないようにとエクスキューズするかのように『燃えよドラゴン』よろしく「考えるな、感じろ」というビックリするようなセリフが飛び出す始末。

映画としては、たしかに「時間の逆行」を表現する狂ったアクションの新鮮さは認めざるをえない。
個人的にノーラン作品では世評ほどノレなかった『インターステラー』同様、カリフォルニア工科大の理論物理学者キップ・ソーン氏の助言を得て作られた脚本の物理学考証についてはちょっとよく分からないところもあったが、それっぽく奇想天外なこと起こる映像には驚きが多い。

これが凄い作品であることは間違いない。しかし面白い作品かと聞かれればちょっと答えにくく、解説・考察を読み込んだ上でちゃんと話に追いつける状態でもう一度観ないことには判断できない。
直近で『インセプション』をリバイバル上映で観て大きく評価を上方修正したこともあるので、本作も上映期間中にもう一度観に行くつもりだ。

おわりに

少し体調を崩して10月もあまり映画が観れる気がしないのでまた2ヶ月合わせてになるかも。

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