『夏の色のノスタルジア』レビュー

"自分のために、物語を紡ぐということ"

夏の色のノスタルジア
MOONSTONE (2015-01-30)
点数ブランドプレイ時間
65点MOONSTONE約25時間
シナリオ
原画
やまかぜ嵐、桜坂つちゆ
紹介サイト
夏の色のノスタルジア
備考
 


過去の経験が現在の私を作りあげている。時の流れはとめどなく押し寄せ、過去となってしまった出来事は幸も不幸も大切な記憶となる。

『夏の色のノスタルジア』は、主人公・折口諒人と双子の妹である美羽が3年ぶりに生まれ故郷である灰土町へと帰郷するところから始まる。転入先である通称「ひまわり学園へと向かった二人は、3年前に仲良しグループを組んでいた3人のヒロインたちとの再会を果たすが、それと同時にひまわり学園を中心にして展開する不可思議な空間に閉じ込められてしまう。

先立ってそこに囚われていたヒロインたちが「エデン」、あるいは「ラビリンス」と呼ぶ空間。この記事では、その空間はヒロインの一人である摩庭祥子が創りだした、祥子の母親とかつての仲良しグループ以外の他者が存在しない閉じた世界とだけ把握してもらい、その詳細は実際にプレイして確認していただきたい。ここではこの「エデン/ラビリンス」というギミックを用いて本作が語ろうとするテーマについて、少し遠回しになるが言及したい。

3年前まで仲良しだった5人の登場人物は、しかし、この3年間を離ればなれに過ごしてしまった。時の流れは彼ら彼女らの心と身体を変化させる。その変化を経てもなお、再びかつてのような関係性を「エデン/ラビリンス」の中で取り戻せるのか――というのが序盤のポイントとなる。ここで注目したいのは、この3年という年月の間に登場人物たちが明らかに第二次性徴を経ているという点だ。

性差の薄い子供時代と同じような関係性を、性に芽生えた「男女」となってから再び築くことの困難さは想像に難くないだろう。子供の恋愛感情と、大人の恋愛感情の大きな違いはセックス(性)を伴うか否かだ。本作でもやはりそこが強調される。

特に、双子の妹である美羽ルートでは、子供のときは性差もなく外見も瓜二つだった二人が、3年の年月を経ることで男女の違いが明確に現れ、それに苦悩するという物語が展開される。

そのテーマ性からか、全編通してエッチシーンにも相当気合が入っている。絵の美しさもさることながら、デフォルトで二回戦が用意されており全体的に長尺なのが嬉しい。卑語・淫語も多く、ヒロインが口にする「オチ×チン」と「オチ×ポ」の使い分け方に注目するのも一興だろう(?)

個人的にフェイバリットは真鶴みさきルートの最初のシーン。みさきが男性恐怖症であるために、作中で三日間かけてじっくりと慣れさせていく過程の丁寧さ。そして行為と平行して語られる彼女の想い。更に挿入から盛り上がってきたタイミングで、この娘を絶対に幸せにしてあげたくなること間違いなしな名台詞も飛び出る! CVの北板利亜さんの演技も完璧で、ここ数年でもベスト級の名シーンだ。

こうして「性差」を強く意識させる共通ルートの果てに、諒人がヒロインの一人を恋人に選ぶことによって仲良しグループの行く末に暗雲が立ち込めたまま、個別ルートへと話が進む。そこからはまた、「エデン/ラビリンス」の設定を異なる角度で活かした物語が展開される。

「エデン/ラビリンス」は、そこに囚われた人々の想いによりその姿を変える。思い出の場所に行きたいと想ったら、その場所が「エデン/ラビリンス」の中に現れる。それは便利な特性のように思えるが、人の想いは常にポジティブなものであるとは限らない。

罪の意識、トラウマ、復讐心……現在のヒロインたちを形作るに至る様々なネガティブな想いも、「エデン/ラビリンス」に影響をもたらす。恐れていた存在が人の形をして目の前に現れるのだ。人の心が産み出す霊――まさに心霊だ。この霊、すなわち過去を乗り越えることが、各個別ルートの見どころとなる。そうそう、心霊といえば、一部には思わずドッキリするシーンも……。

以上のように、「エデン/ラビリンス」という特殊な舞台設定をうまく物語のテーマへと昇華している点は高く評価したい。しかし、本作には他にも主人公が持つ「人の感情を”色”として視る能力」や、プロローグで提示される祥子が3年前の夏に殺人を犯したといったエピソードなど、重要そうに見えて最終ルートまで放置されてしまうギミックも多い。この設定放置と緩やかなストーリー進行の結果、序盤の惹き込みの割には中だるみ感の強い、薄味なストーリーになってしまっているのも間違いない。

それでもなお、個人的には最終ルートでの独特な余韻を残してくれるフィナーレを強く肯定したい。詳細はネタバレになるためここでは伏せるが、個人的には絶対に嫌いになれない結末だった。

最後に。割とどうでもいい雑感ではあるが、閉鎖空間に閉ざされた非常に狭い世界感とそこに咲き誇るひまわり畑という趣から、何やら様々な懐かしいエロゲーを想起させられる。そういう意味でもノスタルジーに浸れる一作だった。


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