2020年06月~07月に観た新作映画を振り返る
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はじめに
2020年5月25日に緊急事態宣言が解除された。
ぼちぼちと映画館も開きはじめ、私も6月半ばからは映画館通いを再開していたが、6月新作は一本しか観れなかったためこの記事では7月と統合して振り返りたい。
映画館は現在も新作の弾が足りず、リバイバル企画上映が目立つ状態だ。
私も訳合って昨年観逃していた『スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム』や、映画を多く観るようになったきっかけとなった『ダークナイト』のIMAX上映など、この特殊状況ならではの上映ラインナップを楽しんでいる。
しかし、今はまだ3月~5月から延期した作品といった弾があるが、現在多くの作品の製作自体がストップしていることから、本当の弾切れは数カ月後から長期に渡るのではないかという不安は拭えない。
それでは2020年6月から7月にかけて私が劇場で鑑賞した新作映画について、それぞれ鑑賞直後のツイートと予告編動画、そして簡単な感想を並べよう。
2020年06月~07月に観た新作映画
ストーリー・オブ・マイライフ / わたしの若草物語
『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』観た。現在と少女時代とを交互に行き来しながら描かれる四姉妹の人生。それぞれが思う幸福感は違えど、それぞれが幸福に生きたい、生きようとする姿が輝かしい。愛らしく美しい一作。超好き。原作も読もう。
— こーしんりょー@SpiSignal (@KO_SHIN_RYO) June 20, 2020
過去にも様々な形で映像化されてきた1868年に刊行された小説『若草物語』の新たな映画化。
監督はグレタ・ガーウィグ。女優から脚本家、映画監督とキャリアを積んで前作『レディ・バード』でアカデミー監督賞・脚本賞にノミネートされた若き天才である。
私は『若草物語』についてはタイトルを知っているといった程度の知識しかなかったが、それでも本作にはやられた。
本作で描かれるマーチ家四姉妹の姿は各々の魅力とその画の美しさも相まって常時涙腺を刺激してくる。
作中で繰り返される「幸福」についての議論は19世紀中盤・南北戦争時代のアメリカを舞台としながらも現代の日本にも通じる普遍性を持ち、四姉妹がそれぞれ内に秘めた幸福論とその実践にグイグイ引き込まれる。
もちろんこの普遍性は原作小説がすでに内包していたものであるが、この映画化では原作の豊かさを思い切った形で現代に適した形に脚色しているのだ。
終盤、原作にはない物語上の大きなギミックがある。ネタバレになるためここでは詳しくその内容に触れないが、「原作小説」の存在そのものを最大限に活用しつつ『若草物語』という物語が大きなテーマとして挙げている「結婚」について多様な解釈を可能とし、しかもそれがそれぞれの観客が望む形として自由に受け取れるという、この多様性の時代である現代に相応しい大仕掛けなのだ。
この点についてはやはり天才的という他に言葉はない。べた惚れの傑作である。
水曜日が消えた
『水曜日が消えた』観た。曜日に応じた7つの人格に分離した男のお話。この七重人格のギミックをどう成り立たせるかだけでも結構楽しいが、やはり多少の違和感は残る。特にお金どうすんだ問題はそれなりに稼いでそうなのが木曜と金曜だけで、あの金がかかりそうな生活は金銭面で破綻しそう。
— こーしんりょー@SpiSignal (@KO_SHIN_RYO) July 4, 2020
七曜に応じた七つの人格を持つ男という、このワンアイデアで引っ張る映画である。
本作に興味を持ったきっかけは監督・脚本を務めた吉野耕平さんが『君の名は。』に参加していたことから。
極端なワンアイデアはそれだけで話を強く牽引する力を持つが、それだけ整合性を保つのが難しい。
本作では視点を「火曜日の人格」に絞ることでツッコミどころを抑える戦略が採られており、その上で水曜日(の人格)が消えて、火曜日の人格が初めて水曜日を体験することで物語が動き出す。
本来水曜日を生きられないはずの人物が水曜日を体験することで得られる発見を通して、かけがえのない一日を再発見するというハートフルな前半から、そもそも水曜日がなぜ消えたのかに迫る中盤以降のダークな展開となかなか見せてくれる一作である。
とりわけ7つの人格(作中で大きく扱われるのはうち3つほどだが)を演じ分けた主演の中村倫也さんのパフォーマンスは素晴らしい。
今年の邦画は『サヨナラまでの30分』や本作のように「別人格に身体を乗っ取られる」というギミックが見られる。
『君の名は。』以降オリジナル劇場映画があからさまに増えたが、フォーマットだけでなく内容的にも『君の名は。』が邦画に与えた影響を感じた。
アングスト/不安
『アングスト/不安』観た。1983年のオーストリア映画で、実在のシリアルキラーによる一家惨殺事件が題材。サディスティックな主人公の視点で進む殺人は彼の独善的で認知の歪んだ独白と相まってもうメチャクチャ。現代ならもっとエグくて異常で嫌な気持ちになれる殺人映画は多々あるが勉強にはなった。
— こーしんりょー@SpiSignal (@KO_SHIN_RYO) July 4, 2020
本作は1983年に公開されたオーストリア映画。日本では『鮮血と絶叫のメロディー/引き裂かれた夜』というタイトルでビデオ販売されたのみで劇場公開は今回が初めてということで、新作として紹介したい。
1980年に起こった一家殺人事件を題材としており、その過激な内容から当時オーストリアでは1週間で上映打ち切り、ヨーロッパ各国で上映禁止となった作品だが、オーストリア犯罪史に残る大量殺人犯ヴェルナー・クニーセクの異常性を描いたシリアルキラー映画の走りとしてカルト的な人気を誇り、ギャスパー・ノエ監督などのフォロワーを生んだ作品でもある。
そんな触れ込みで興味を持って足を運んだのがシネマート新宿。
公開直後は連日満席とのことで私が訪れたときも狭いロビーには人が溢れかえっており、時期的には新宿コロナウイルスの震源地として新宿が槍玉に挙げられていた頃で映画とは別のアングスト/不安を味わったりしたのも良き思い出。
映画の内容自体は刑期を終えたばかりの主人公のモノローグと共に彼が淡々と、かつぐだぐだに一家惨殺を実行していく様を写し続ける。
なんといっても快楽殺人犯である主人公の視点だけで話が進むというのが特徴的。カメラワークも『アリー/ スター誕生』や『ファーストマン』といった近年の作品でトレンドとなった極端なアップを多用して主人公に寄り添うような表現を先取りしており、彼の支離滅裂で理解の難しい言動をひたすらぶつけられることになる。
様々なシリアルキラーを題材とした創作物で溢れかえった現代から見ればそれも既知のものとして消化できるが、公開された83年頃はまだまだ容易に飲み込める題材ではなく、喉に引っかかる未知の異物として恐れられたことが上映禁止に繋がったのかもしれない。そんな時代感覚を肌で感じられた点は勉強になった。
MOTHER マザー
『MOTHER マザー』観た。少年が祖父母を殺害した事件から着想を得たという脚本は、淡々とこの世の地獄を描き出す。母と子の愛、あるいは絆が人生を縛り付ける鎖となる。子は親を選べず、故に生まれた瞬間から詰んでるということがこの世にあり得ることを思い知らされる。
— こーしんりょー@SpiSignal (@KO_SHIN_RYO) July 11, 2020
少年が祖父母を殺害した実際の事件から着想を得たというこの作品。その出自からして予想がつくだろうが、観ていてかなりゲンナリくる作品である。
同時に本作は国内女優でもトップクラスの人気・知名度を誇る長澤まさみさんが息子の人生を縛りつける毒親という社会的に許容されないキャラクターを演じるというチャレンジングな企画でもある。
個人的に長澤まさみさんには苦手意識があったりするが、本作においてどんどん社会の底へと落ちていき、終盤はその喋り方もうつ病患者のような、思考することをやめてしまったような話し方にどんどん移行していく姿はリアルで引き込まれた。
そんな毒親に縛られる息子を演じるのは映画初出演の奥平大兼さん。
演技未経験とのことだがその危うさを感じる顔立ちと雰囲気が個人的に超好み。空手の初段を持つという経歴もあって身体能力も高く今後スターになっていくかもしれない注目の若手だ。
映画は終始ドキュメンタリー風の映像で母子の姿を切り出し観客は常に彼女らとの間に距離感を抱かせる演出が取られている。
母親から息子を救おうと手を伸ばす人物も作中に現れるが、いずれも母親に敗れてしまう。この展開にただ傍観するしかない観客はますます無力感を味わわされる。
のうのうと生きてきた身からすれば震えるしかない、家族(親子)という生き地獄を描いた秀作だった。
透明人間
『透明人間』観た。抑圧的な光学博士の彼氏から逃れた主人公が、以降透明人間と思われる嫌がらせに合うスリラー。『エスター』に代表されるジャウム・コレット=セラ監督作のような、主人公の精神異常を観客含む周囲が疑うといった展開が秀逸で味わい深いモンスターホラー。
— こーしんりょー@SpiSignal (@KO_SHIN_RYO) July 18, 2020
1933年公開『透明人間』のリブート作。
元々は『ザ・マミー/呪われた砂漠の王女』から始まったダーク・ユニバースに連なる一作としてジョニー・デップが主演する予定だったが、ダーク・ユニバース自体が頓挫してしまったため大きく方針転換された経緯がある。
そんな製作のゴタゴタを聞いてしまうと大したことない映画に思われるかもしれないが、これがなかなか良くできたホラー映画である。
過去に数多く作られた透明人間をモチーフとした作品群の中で本作が異質な点は、透明人間を主人公にするのではなく、透明人間に襲われる側を主人公に置いたことである。
光学博士の彼氏からDVを受けて逃げ出した女性主人公。その元カレが死亡したと聞いてやっと普通の生活に戻れるかと思いきや……というあらすじ。
透明人間という古典的なギミックを、別れたDV彼氏が発する重圧と重ね合わせて描いているところがフレッシュ。
しかも相手が透明人間なものだから、主人公が何を言っても周りの人々には耳を傾けてもらえない。今だに社会的に軽んじられている女性の立場を見事に表したメタファーである。
そんな透明人間を相手に女性主人公が戦う姿はMeToo運動とも呼応する。80年以上前の映画を見事に現代の映画にアップデートすることに成功しているのだ。
もちろんそういったテーマ性どうこう関係なくホラー映画としてバッチリ面白い。
よほどホラーが苦手という人以外には広くオススメしやすい一作である。
のぼる小寺さん
『のぼる小寺さん』観た。若者たちの惚れた腫れただけでなく、将来像がまだ定まり切っていない未熟な存在が小寺さんという「極端に未来を見据えた頑張る人」を中心として互いを高め合い、登り合う関係性を群像劇として描いた青春ドラマ。
— こーしんりょー@SpiSignal (@KO_SHIN_RYO) July 23, 2020
ボルダリングを題材とした漫画作品の実写化。
原作の存在は知らなかったが、脚本が京アニ作品や『ガールズ&パンツァー』、『若おかみは小学生!』の吉田玲子さんということで足を運んだ。
まだ何者にもなれていないどころか、どういう人間になろうかという将来像も定まっていない少年少女たちが、「ボルダリングが好き」という一点だけで圧倒的な”我”を持つ小寺さんを中心として変わっていく姿を映す青春映画である。
この手の群像劇スタイルの青春映画の傑作である『桐島、部活やめるってよ』の影響を強く感じられた。
小寺さんというキャラクターは『桐島~』で言えば「自分のやりたいこと」を明確に掴んでいる映画部・前田や野球部のキャプテンのようなポジションであると同時に、(対象は限定的であるが)他者に与える影響力といった点ではまさに桐島的存在。
現在が誰の視点であるかを示す演出などもまんま『桐島~』の曜日表示演出のそれである。
見どころはやはり吉田玲子脚本らしい、登場人物同士の繊細な掛け合い、やりとりにある。
特に小寺さんに片思いする近藤が彼女を前にしたときに見せる童貞ムーブの数々はお見事という他ない。ご馳走様でした。
悪人伝
『悪人伝』観た。無差別殺人鬼に襲われたヤクザのボス。それを追うデカ。時代にヤクザとデカが裏で手を取り殺人鬼を追い詰めていくバイオレンスアクション。スピーディーな展開で関係性を深めていくヤクザとデカというおかしみが笑えるし引き込まれる。バイオレンスは韓国映画印の安定クオリティ。
— こーしんりょー@SpiSignal (@KO_SHIN_RYO) July 24, 2020
現在飛ぶ鳥を落とす勢いのマ・ドンソク主演の韓国のバイオレンス・アクション映画。
ドンソク演じるヤクザのボスと暴力刑事がバディを組んで連続殺人鬼を追い詰める。
これ以上でも以下でもない内容だが、ユーモア溢れるキャラクター描写と激しいアクションシーンで強い満足感が得られる韓国映画のレベルの高さを改めて再認識させられるエンタメ映画の良作である。
ドンソクには全身鍛え上がられた熊のような体躯だからこその説得力がある。ヤクザのボスとしての風格はもちろん、ナイフで滅多刺しにされてもまあ死ぬことはないだろうという安心感。
本作での攻撃手段としては張り手を多用しておりそこもアクションとして面白いのだが、パンフレットのインタビューによると20年以上ボクシングを続けており拳で思い切り殴ると命にかかわるとのこと。そりゃそうだ。
すでにドンソク主演そのままにシルベスター・スタローン製作でハリウッド・リメイク企画も動いている本作。
おわりに
正直に言うと8月は「絶対観たい」と言えるような作品がなく、もしかしたらまた8月と9月でセットで振り返るなんてことになりかねない。
無理矢理数を揃えるならば、『ぐらんぶる』や『弱虫ペダル』といったメジャーな漫画・アニメ実写化作が立て続けにあるので、この辺りでお茶を濁すという手もあるが、まあゲームにも時間を割きたいので気が向いたらということで。