『景の海のアペイリア』レビュー

"恋するAI"

景(ひかり)の海のアペイリア
シルキーズプラス(DOLCE) (2017-07-28)
点数ブランドプレイ時間
80点シルキーズプラスDOLCE約30時間
シナリオ
範乃秋晴
原画
いつい
紹介サイト
景の海のアペイリア
備考
 


本作はエロゲ史上もっとも主人公の射精回数が多い作品である。別に数えたわけではないが、恐らくそうである。一にも二にもそのことを伝えたかった。

舞台は2045年、東京。人工知能作りが趣味の主人公・桐島 零一は、偶然にも自我と感情を持つAI・アペイリアの開発に成功する。

零一はアペイリアと実際に触れ合うためにアペイリアの機能を駆使して完全没入型VRMMO・セカンドを構築する。そして義理の妹の三羽や幼馴染の一 久遠、AI研究会の後輩である東 ましろと共に、剣と魔法と科学が融合したセカンドの世界へとログインする。

しかし、セカンドはアペイリアの制御を離れて暴走を始める。零一たちが知らないうちに他のユーザーがログイン可能になったかと思いきや、ゲーム内で体力が尽きたプレイヤーは現実世界で謎の死を遂げるデスゲームと化してしまうのだ。

そんなセカンドに囚われてしまったアペイリアを救い出すため、零一たちは決死の覚悟でセカンドへとログインする。その戦いの中で、彼はアペイリアを狙う正体不明の人物が存在することを確信する――。

さてさてこの展開。デスゲームと化したVRMMOという流行りの舞台設定に目が行きがちだが、そこをメインに期待している方はちょっとストップ。確かにその要素による面白さもあるにはあるのだが、本作にはそれ以上に大きなある要素が存在する。

その要素とは、強いAIたるアペイリアの登場により技術的特異点(シンギュラリティ)を迎えた世界の混乱である。

技術的特異点について私なりに噛み砕いて説明するならば、それは人間を超える知性を持った人工知能の誕生から始まる。その人工知能は自分の性能を超える(つまり人間が作り出せる限界を超える)人工知能を自ら作り出すことができる。それが無限に繰り返されることで、人間の想像力の及ばない圧倒的な知性が誕生する、という筋書きだ。

人間の想像力が及ばない知性が誕生するということは、そのものずばり、人間には想像もつかないことが起こるかもしれないということだ。つまりは何でもアリである。あるいはこう言い換えても良いかもしれない。技術特異点後の世界では、何が起きても不思議でない。

未来を予測しようとするとき(それは2017年の時点ですでに人工知能が人間を超えている領域である)、知性はあらゆる可能性を検討する。そこで本来ならば即座に「ありえない」と棄却されるような可能性も、技術的特異点後の世界では生じうるかもしれない。

そんな何が起きても不思議でない世界で、零一たちはアペイリアを救うためにありとあらゆる可能性を検討していく。そこに人工知能や量子論といったSF的設定や舞台となるセカンドのMMOゲームとしての特殊ルール、更には正体不明の敵対者との頭脳戦が重なり、物語はどんどん錯綜していく。

要所要所でそれまでの状況を整理するために展開されるエッチシーンよりも長尺な説明・考察シーンは物語を停滞させるが、その一方で次から次へと正しいかどうかも分からない情報の洪水に溺れる感覚は本作独特の面白さと言えるだろう。

はっきり言って、一周プレイしただけでこれらすべての情報を完全に把握・理解することは難しい。大量の図を用いた説明シーンもそれを伝えるテキストは整理されているとはお世辞にも言えず、クリックする手が度々止まる。

……しかし、プレイヤーを情報の洪水に溺れさせる面白さを狙っているならば、この説明下手さすらも狙った演出なのではと疑心暗鬼になってくる。全てはシナリオライターの掌の上なのか。このクラクラする感覚は好き嫌いが分かれるかもしれない。

ここまで読んで、じゃあ小難しくて堅苦しい作品なのだろうかと思われたかもしれないが、実はそればかりでもないというのが本作のまた一つの魅力だ。思い出して欲しい。このレビューの冒頭で私が射精についての話をしたことを。

本作はとにかくくだらない(褒めてる)下ネタを生死(精子にあらず)のかかった戦闘シーンにもぶち込んでくる。「オナニーで戦う主人公」を実現するためのVRMMO設定なのかと疑うレベルだ。

また、説明・考察シーンで度々物語が中断されると言った構造上の弱点を抱えているものの、ドラマ的な盛り上がりは各ルートにしっかりと用意されている。アペイリア以外のヒロインたちも実はヘビーな事情を抱えており、そんな彼女たちを救済するためにヒロイックな活躍を見せる零一はなかなかイカしたナイスガイである。さすが、公式のキャラクター説明が「変態」の一言で片付けられるだけのことはある。

エッチシーンについても少し言及したい。VRMMOという設定から、「仮想現実だから」とエッチまでのハードルが下がったヒロインたちは、主人公とのエッチで強くなるという定番シチュエーションも手伝って早いうちから半ばハーレム的に関係を重ねる。エッチシーン自体はやや薄味なところもあるが、作中に万遍なく設置されているのは個人的に嬉しいポイントだ。

私なりにまとめるならば、SF的アイデアから現出した「無限」という厄介な敵を理屈でもって相手取るという力技が見事に極まった力作である。長い尺、大量の図を必要とする説明シーンは普通の文字媒体や映像媒体では難しく、ゲーム媒体ならではの面白さであることも嬉しい。プロット重視、シナリオ重視のプレイヤーならば是非プレイしていただきたい一作だ。

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