『月姫』レビュー
by こーしんりょー · 公開済み · 最終更新
"出る気配のまるでないリメイクと続編をネタにする準備が整った"
同人ノベルゲームの金字塔
『月姫』の存在を知らないという方はこのブログの読者にはあまりいないかと思われるが、念の為に本作の周辺情報について確認したい。
2000年12月29日に開催されたコミックマーケット59で完全版が発売された『月姫』は、緻密な世界観設定と吸血鬼を中心とした伝奇活劇なシナリオが好評を受けて、ファンディスク『歌月十夜』や同人サークル「渡辺製作所」との共同制作による対戦格闘ゲーム『MELTY BLOOD』シリーズなど幅広い展開を見せた。
更には同人の枠を出て商業作品としてテレビアニメ・漫画化といったメディアミックス展開を果たし、それと同時に数多くのアンソロジー作品が生み出されたことで高い認知度を得て、二次創作の一大ジャンルへと成長した。
エロゲー史的には同時期に設立されたニトロプラスの『Phantom -PHANTOM OF INFERNO-』と並んでいわゆる「燃えゲー」ジャンルを開拓した旗手として挙げられるだろう。
まさに同人ノベルゲームの金字塔とも言える作品である。
……そんな当時の熱狂を、少しだけ生まれ遅れた私は直接体感することができなかったが、『月姫』から始まったTYPE-MOONの勢いは2019年現在も止まらないどころか加速し続けている。
『月姫』とも世界観を共有する『Fate』シリーズは今やスマホゲーム『Fate/Grand Order』をもって日本発のエンターテインメントとして天下を取ったといっても過言でない旺盛を見せている。
このムーブメントのひとつの出発点として、今でも『月姫』をプレイする価値は十分にあるだろう。
あらすじ
主人公・遠野志貴はモノの壊れやすい部分が線として視えてしまう「直死の魔眼」の能力を持つ高校生。
物語は、父親の死をきっかけに、これまで勘当同然だった遠野の屋敷に志貴が呼び戻されるところから始まる。
名門である遠野家の新たな当主となった妹の秋葉や、遠野家に仕える双子姉妹の使用人(メイド)である琥珀と翡翠に囲まれた新しい生活に翻弄される中、死体から血液が抜かれるという連続猟奇殺人事件が街を騒がせている。
そんな中、志貴は「真祖の吸血鬼」を自称するアルクェイド・ブリュンスタッドとの衝撃的な出会いを果たす。
彼女はニッコリと笑い、左手を差し出しながら言った。
「わたしを殺した責任、ちゃんととってもらうんだから」
TYPE-MOONの世界観
この現実世界から薄皮一枚剥いだ先にある魔術と異形たちの世界。
そんな作り込まれた世界観と、その奥深さをじっくりと味わえる膨大なテキストが本作の魅力だ。
志貴の持つ「直死の魔眼」のアイデアが秀逸であることは言うまでもないだろう。
「死の線が視える」という特殊能力にダークなマインドが魅了されぬ者などまさかいまい。
……より単純かつ客観的な特質を挙げるならば、「主人公が見る景色に本来見えないはずのものが視えてしまう」というこの設定は、まさに主人公の視界を絵的に再現するノベルゲームとの親和性が高いといえる。
また、吸血鬼という手垢のついた設定に「真祖」(生まれついての吸血鬼)と「死徒」(後天的な吸血鬼)という独自の区分を設けた点も、その字面の良さと相まって唸らされる。
同じ吸血鬼でありながら、真祖の吸血鬼であるアルクェイドが人間を食い物とする死徒の吸血鬼たちを狩るという構図の面白さ。
加えて、アルクェイドの自由奔放・天真爛漫な性格と真祖という設定が合わさって彼女の「純真無垢な存在」というイメージが強化され、それがキャラクターの魅力に繋がっているのもポイントだ。
もちろん直死の魔眼に限界はあるのかといった点や、アルクェイド以外に吸血鬼を追う存在はあるのかなど、これらの世界観設定を前にして広がるプレイヤーの想像力に応えるかのようにストーリーは展開されていく。
しかもこれらの設定は他のTYPE-MOON(奈須きのこ)作品と共有されており、設定欲を求めるならばいくらでも深みに嵌まれてしまうのもTYPE-MOON作品全体に共通する強みだろう。
人生という限られた時間をいかに幸福に生きるか
それでは、『月姫』という作品は吸血鬼を題材としてどのような物語を描こうとしているか。
『月姫』前半のルートでは、アルクェイドとの共闘を通して外側からやってくる死徒との戦いが展開される。
吸血鬼という不死者を相手に「直死の魔眼」をもってして殺し合いを繰り広げる様は、まさに不死を否定するかのようだ。
もともと虚弱体質な志貴は戦いのたびに自らの命をも削っており、ますます生の限界を意識せずにはいられない。
『月姫』後半のルートでは、遠野家を中心とする内側の視点に立って猟奇殺人事件の裏側が描かれる。
舞台が遠野邸に限定され、志貴の内省的な描写が増えるため前半と比較して地味な話になっていくことは否定できない。
しかし志貴の過去にまつわる様々な秘密が明かされることで、いかにして自らの生を全うするかというより重いドラマが展開される。
外側から内側へと、焦点がだんだんと絞り込まれていくこの『月姫』という作品を最後までプレイした後に強く想ったことは、人生という限られた時間をいかに幸福に生きるかという、単純明快な人生論であった。
総括
本レビューの冒頭で、その周辺情報から内容に踏み込むまでもなく今でもプレイする価値は十分にあると断言したが、吸血鬼を題材にして普遍的なテーマを謳ったシナリオは今プレイしても十分に面白いと胸を張って言える出来だ。
その一方で、絵やシステムといった古びる速度が速い要素については厳しいと言わざるを得ない。
ボリュームに対して少なすぎるセーブ枠数や、未読箇所で止まらず演出を飛ばせない貧弱なスキップ機能など、システム面についてはもはや考古学的に楽しんでいくしかないといった具合だ。
加えて入手難度の高さもネック。
比較的手に入れやすいBOX版の『月箱』であっても中古で1万5千円以上が相場だ。
従って、『月姫』をプレイしたい方には制作が発表されているリメイク版を待たれるのが良い……と言いたいところだが、そのリメイク版制作の第一報からすでに10年以上経過しているにも関わらずその情報もごく僅か。
一体いつ発売されるのかまるで分からないのが現状だ。
こんな状況で一体何ができるんだろう。私にもわからん。