一人でもいい、届けこのラブ – 『moon』を紹介

はじめに

9月5日の早朝に配信が始まったニンテンドーダイレクト。
リアルタイムで視聴した私は『大乱闘スマッシュブラザーズSPECIAL』での新ファイター・バンジョー&カズーイの当日配信発表や、まさかの『ファミコン探偵倶楽部』のリメイク発表に驚かされたものだ。

しかし、心臓が止まるレベルの超弩級のサプライズは『DAEMON X MACHINA』の情報に続いて、なんの前触れもなく訪れた。

いよいよ来週発売!

Nintendo Switch版『moon』の発売が近い。
このタイミングで、本日発売された『週刊ファミ通2019年10月17日号』では34ページにも渡る『moon』特集が掲載された。
登場キャラクターが一堂に会する表紙も最高の一言に尽きる。

この決定版とも言えるファミ通特集記事を読んで居ても立ってもいられなくなった私は、私の周囲に居る人のたった一人でもいいから新たに『moon』を遊んでほしいと思い立ち、今この記事を書き始めた。

『moon』とは?

アンチRPG

月の輝く或る夜、ひとりの少年がテレビの中に吸い込まれてしまいます。
少年が落ちたのは、とあるゲームの世界「ムーンワールド」。
少年は勇者が経験値稼ぎのために殺したアニマルの魂を救済したり、奇妙な住人達の生き様をのぞき見て、世界中の「ラブ」を集め、成長していきます。
そう、このゲームは戦いではなく「ラブ」によってレベルアップするのです。
「さあ、あなたの力で扉をあけて。」

――『moon』公式サイト「Story」より

主人公の勇者が民家に無断に押し入ってタンスを開けたりしてアイテムを入手する。
あるいは勇者の前に次々と現れるモンスターを手加減なくバタバタとなぎ倒していく。

そんな「RPGあるある」をパロディして「アンチRPG」を謳ったのが『moon』だ。

その「アンチRPG」っぷりが15秒で理解できるのが当時のテレビCMである。

今でこそ『勇者ヨシヒコ』シリーズを代表にRPGをメタ視点的にパロディしてみせる作品は珍しくない。

しかし、それを22年も前に、それも『スーパーマリオRPG』や『クロノ・トリガー』にも携わった当時のRPG制作の最前線にいたスタッフたちによって作られた本作は、どこかおかしなRPGの世界を客観視することによって生じる笑いを見事な完成度で提示してみせている。

特に秀逸なのが、勇者によって倒され、ムーンワールド中の所どころに点在するアニマルたちの死骸だ。
死骸の周りにはそのアニマルの魂が現れ、主人公がその魂を捕まえる――ソウルキャッチすることで、アニマルたちは成仏する。
このシステムは本作の根幹に関わっており、死骸がそこらにゴロゴロと転がっているビジュアルの面白さもさることながら、アニマル毎に魂の出現条件を推理するといった楽しい謎解き要素となっている。

伝説的タイトル

そんな独特な世界観でカルト的な人気を博した『moon』は一部で伝説的な扱われ方をしてきた。その理由としては以下が要因が挙げられる。

  • 開発をした制作会社ラブデリックが本作を含めて僅か3作で解散してしまったため。
  • 解散後、散り散りになったスタッフたちによって作られたラブデリックらしさが色濃く継承されたタイトル†01がファンから「ラブデリック系」と呼ばれ、『moon』はその元祖と言えるため。
  • そして、22年前にPS版が発売されてから現在に至るまで、一度としてアーカイブ化や他ハードへの移植が成されたことがないため。

今からオリジナルの『moon』をプレイしようと思ったら初代プレイステーションソフトを起動できる環境を用意し、プレミアの付いた本ソフトを購入する必要があったのだ。

そういった事情もあって、今回の移植版発表は界隈を賑わせることになった。なんと言ってもダウンロード版が1,980円なのである!

私にとっての『moon』

そして『moon』は私にとってとても重要な一作である。

『moon』との出会いは大学時代。友人からオススメされて春休みにプレイしたのだがその独特な世界観に当てられ、かつ凶悪的な謎解きの難易度の高さに難儀しながら、当時殆どの時間を本作に費やした。
そうしてようやくたどり着いたエンディングを前にして、私にとってこのゲームは生涯ベストの一本となった。

それ以降ツイッターでは事あるごとに「『moon』ヤバい」と叫んできたものだ。

……改めて並べてみると、ただのやべーやつである。

特集インタビューから見えてくる『moon』と「ラブ」

以下では上記のファミ通特集記事の引用を交えつつ、『moon』の魅力を伝えたい。

即興セッションのような制作現場

ファミ通特集記事ではオリジナル版スタッフのインタビューが多数掲載されているが、各人の発言から読み取れる事実として、当時のラブデリックが自由(が行き過ぎてる気さえするよう)な創作の現場であったということが挙げられる。

まずは、ビジュアルチームの上田晃さんと倉島一幸さんがメインのインタビューから引用。

――(前略)上田さんから見た『moon』の開発初期はどんな感じでしたか。

上田
いまのゲーム開発のように、資料をドサッと渡されることはありませんでしたね。だからこそ、みんな横並びで仕事ができたんだと思います。資料は大事ですが、敷かれたレールの上を走る必要が生まれるので、渡されても当時の僕たちには重荷だったと思います。

――『週刊ファミ通2019年10月17日号』 28~29ページ

上田
『moon』では本当に自由にやらせてもらいましたね。そのうえ、アドリブ感もすごかったです。おばあちゃんの家にしても、描いた後でどんどんイベントが増えるから、何度も描き直しています。「犬のタオを動かすのに手狭だから、2割くらい広くして」とか(笑)

倉島
へー、増築されていたんだ。

木村
それは作り直しのレベルだね。

上田
いろいろな帳尻合わせに苦労もしましたが、好きな色を使い、ほぼ100%自分のこだわりが出せたのが楽しかったですね。

――『週刊ファミ通2019年10月17日号』 29ページ

続けて、ディレクターのひとりである木村祥朗さんと先述の倉島一幸さんがメインのインタビューから引用。
『moon』の物語がどのように創られたかが語られる。

――そこからどのように物語ができるのでしょう?

木村
まず前提として、ふつうはキャラクター設定やシナリオがあったうえでデータを作ると思うじゃないですか。

――でも『moon』は違ったわけですね。

木村
そう、まったく違う。僕が本格的に参加した時点で、倉島のキャラクターとアキラくん(上田晃氏)の風景があったわけです。RPGの世界を別の角度から見た感じの面白い絵が。

(中略)

木村
そうですね。そこから目の前にあるキャラクターと風景で「物語を構築しよう」という挑戦が始まりました。しかもスケジュールを遅れさせず、担当する場所を前に進めつつ、ほかの担当パートとの整合性も気にしつつという。

――『週刊ファミ通2019年10月17日号』 24~25ページ

次に、音楽チームの谷口博史さんと安達昌宜さんのインタビューから引用。

――工藤さんから「こんな音楽がほしい」という具体的なリクエストはあったのですか?

安達
まったくありませんよ(笑)。一般的なゲームはディレクターから「こういう方向性の曲が欲しい」と言われることが多いと思うんですが、僕らの場合は一切なかった。ふだんのさりげない会話や、当時流行っていた音楽からヒントを拾っていく感じでした。

(中略)

――谷口さんも、そのような形で曲を作っていた?

谷口
いや、僕は安達さんから発注を受けて曲を作っていたので。「こんなイメージの曲をください」とお願いされていました。”寂しい感じ”、”夢”、”カーニバル”とか。

――そのキーワードは安達さんが考えていたんですか?

安達
そうです。

――どういう基準でイメージを作り上げたのでしょうか?

安達
唯一の判断基準は絵でしたね。(上田)晃くんの背景と倉ちゃん(倉島氏)のキャラクターを合わせた絵を見て、そこから言葉を思い浮かべていく感じでした。あとは、最初にストーリーが数行だけあったので、それをヒントに方向性をつかみましたね。「これはカーニバルだろう!」って(笑)。

――『週刊ファミ通2019年10月17日号』 34~35ページ

こう並べてみると、本来のゲームづくりからすれば一風変わった段取りで進められたことが伺える。

自由に、横並びで、各パートが互いに影響し合いながらそれぞれのパーツを創出していき、最後はゲーム全体を管理していた三人ディレクターである西健一さん/工藤太郎さん/木村祥朗さんがまとめ上げたようだ。

まるで即興セッションかのようなその制作過程から産まれた『moon』は、確かにミクロに見るとそれぞれの要素がてんでバラバラにあるかのように思えるが、しかしマクロに見るとなぜだかこれが一つの世界として完璧に調和しているのだ。
しかも、それぞれのセクションが互いに高めあった結果、要素の一つひとつが高い完成度に達している。

恐らくこの作り方でしか到達できず、かつ、当時のメンバーでしか成し得ない。
この完成度と唯一無二性の両立は、月並みな言い方だが奇跡的という他ない。

テーマは「白いラブ」

最後に、ディレクターのひとりである西健一さんがメインのインタビューから引用。
当時のラブデリックの社長であった松尾憙澄さんが語ったという言葉が印象的だ。

――『moon』は何から着想を得たのですか?

西
僕は『FF』も『DQ』も大好きですが、実際に会社に入ってみたら疲れちゃって。その心境が素直に出ただけだと思います。パロディーだとかメタだとか言われることもありますが、そうじゃない。「王道RPGの視点を少し変えたらおもしろいんじゃないか」という、僕にとってはそういう話。そこに松尾さんが加わったことで、”ラブ”が明確になってくるんです。

倉島
松尾さんはラブの伝道師だから。

西
「西くん、ラブをテーマにしたほうがいい。ラブには赤いラブと白いラブがある。男と女の惚れた腫れたってのは赤いラブだ。白いラブをテーマにしたゲームはあんまりないから、白いラブを大事にしたほうがいいんだ」と。

――『週刊ファミ通2019年10月17日号』 39ページ

この「白いラブ」という発想のなんと素敵なことか。

「あれもラブ、これもラブ」という『moon』を象徴するセリフがある。
本作をプレイしていくと、ここでの「ラブ」は機械的に「愛」と翻訳できるようなものでないことが分かる。

それではこの「ラブ」――松尾さんが言う「白いラブ」とはどのようなものなのか。それを発見していく過程が『moon』の醍醐味と言えるだろう。

おわりに

Nintendo Switch版『moon』の発売は10月10日。
Nintendo eShopではすでに「あらかじめダウンロード」による販売が開始されている。もちろん私も購入済み&ダウンロード済みであり、発売当日から心新たに再プレイしようと思う。
そして今回引用したファミ通特集記事も、未プレイのうちから読むとネタバレになる箇所もあるため注意は必要だが、まさに決定保存版とも言える素晴らしさなので興味があれば押さえておくと良いだろう。

この記事をきっかけに、ただの一人でも『moon』の存在を知り、興味を抱いき、そしてラブを探し求める冒険の旅へと出かけてくれたなら幸いだ。

脚注

脚注
01代表的なタイトルは『エンドネシア』や『ギフトピア』、『ちびロボ!』など。
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