【ネタバレ有り】『クリミナルボーダー life sentence』のまとめ
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はじめに
『クリミナルボーダー life sentence』レビューを投稿した。これにて完結、である。
【ネタバレ有り】『クリミナルボーダー』3話までのまとめでは自作のタイムラインを共有しながらネタバレも含めて色々と語ったが、せっかくなので最終作も語っておこうと思う。実は結構モヤモヤするところも多い作品だった。
ちなみにタイムラインの更新予定はない。life sentenceは後半のある展開以降日付が曖昧になることから時系列順にイベントを並べるという試みは分析するのにあまり効果的ではないからだ――というのは建前で、面倒くさいからである。ごめんね。
life sentence「光の中を一人歩むより闇の中を君と」
タカハシヨシキ問題
まずは軽いジャブ。
本シリーズの主要登場人物は難読名字が多い。
一、春夏冬、萬屋、勅使河原、東海林、東雲など、リアルで出会ったことはないが創作物では遭遇したことのある「あるある難読名字」が並ぶ。犯罪劇という性質上、基本的にアンモラルな人物を描くため、実在の人物を想起させにくくするための工夫なのだろうと解釈していた。
そんな中、突如現れるモブキャラクターが「タカハシヨシキ」だ。M・Dが保管するドラッグを盗み取るという序盤の波乱を引き起こす人物で、普段は転売ヤーとして稼いでおり見栄っ張りな性格で「キング」とあだ名される小者だ。
で、タカハシヨシキという名前を聞くと私としては映画ライター、アートデザイナー、映画監督として著名な高橋ヨシキさんの顔が浮かんでしまい酷くノイズになってしまった。
一応、作中で彼がありふれた名字であることに意味がなくもない(レイヴの顧客リストと同じ苗字の人がいるからそこに探りをいれるも空振り、という描写がある)。しかし、創作物の人物名については事前に調査したうえで少なくともWikipediaに記事がある名前は避けたほうが良いと強く感じた。
ちなみに、高橋ヨシキさんは悪魔主義者という一面もあるので、タカハシヨシキのあだ名が「キング」ではなく「サタン」だったならば、ああオマージュなのねと解釈してそれ以上は気にすることはなかったかもしれない(本当か?)。
ミスリード&ミスディレクションの難しさ
辰也に裏切られ組織に監禁される樹。絶望、そこからの逆転が今作のクライマックスだ。
その逆転に至る過程で、読者をあえて誤解させるためのミスリードと、読者の注意を本当の目標から逸らすためのミスディレクションが用いられる。
作劇としての盛り上がりを企図した演出であるが、それがバッチリ決まったかというとうーん、ちょっと惜しいかな、と。難易度の高い作劇にチャレンジして、あまり効果を上げることができなかった印象だ。
まずはミスリード。これは「辰也が樹を裏切る」という展開だ。
この演出が難しかった原因は、それがミスリードを狙った展開であることが大半の読者が気づいてしまうくらいに、辰也というキャラクターをここまで魅力的に描いてきてしまったところにある。
つまるところが「ここから辰也が裏切るわけがないだろ!」と。誰もがそう思うが故に、仮に本当に裏切りだった場合はよほど上手くフォローしない限りそれはそれでクソ展開が過ぎるからありえない、とメタ読みができてしまう。故に素直に「裏切られた!」と信じてしまう誤解が生じようがないのだ。
話を読み進めるうちに、それが吾郎の懐に入るための奇手であったと「気づく」面白さを最大限味わうためには、やはり初手の裏切りに大きなショックを受ける必要があった。しかし、辰也の魅力故にメタ読みが働いてしまいそのショックは緩和されてしまった。そこが惜しいポイントだ。
そしてミスディレクション。これは「最後の復讐の標的はブラッドで、だから樹は意図的に組織に拉致された」という展開だ。
監禁シーンでは次第に樹の心が壊れていき、視点は共に拉致された凛へと移る。樹は壊れ、もはや吾郎への復讐は果たせそうにない。そんな中、凛はなんとか樹だけでも監禁状態から脱出させようと策を練る。
つまり、この監禁シーンにおける目的は「脱出」の一点であると読者に思い込ませることで、真の目的である「ブラッド殺害」がその瞬間まで覆い隠されているのだ。
トリッキーな展開で面白くなりそうであるが、問題点もある。この描写の過程で樹はプレイヤーに対して意識的に嘘をつき、重要情報を隠す「信頼できない語り手」となるため、どうしても物語としてのアンフェアさ、後出しジャンケン感が残ってしまうことだ。確かに読み進めていく上では面白いとも感じるが、後々考えるとなんだかモヤモヤする、というありがちなパターンである。
このモヤモヤを具体的に言語化すると次の二点に集約される。
- 樹の廃人化は演技だったわけだが、彼がドラッグとレイヴによる責め苦に耐えながら廃人を演じ続けることが可能だった物語上のロジックが弱い。
- ブラッドがひな殺害(しかも強姦すら臭わせる)に関わっていたことがギリギリまで伏せられているため、物語上はぽっと出のモブキャラが最後のターゲットだったという展開の地味さ。
1について、樹はレイヴ改良の過程で散々レイヴを見ているにも関わらず依存症状が出ていないという描写がしつこく繰り返され、それが依存症耐性が高い身体であったという伏線だった、という好意的解釈は可能だろう。そこをもう少し深堀りしていれば納得感は上がっていたかもしれない。
2についてはフォローが難しそうだ。ブラッドは今作初登場の人物で、ルカとの会話からメリル同様に雨紋会に出入りしていた人物であることが示唆されるため、実はひなの死との関係に勘づける作りにはなっている。しかし、彼の悪役としての格を上げるような描写に時間を割いて面白くなるかというと微妙なところだ。
凛は見届ける
レビューでははっきりと「ヒロインは春夏冬凛ではない」と書いた。
確かに、ひなが死んでしまうに至る原因のひとつは凛にある。そのことに今作を通してずっと苦しみ続けることになるのだが、復讐という最終解決策については最後まで蚊帳の外だった。
だからこそ先述したミスディレクション演出ができたとも言える。ブラッド殺害という真の目的は凛にも伏せられていた。そして樹の(偽りの)廃人化により物語の視点は凛へと移る。だからプレイヤーが知らぬままにその目的が遂行されるという作劇ができたわけだ。
物語上の最大の目的に最後まで直接的にコミットできず、作劇上の演出のために利用されるキャラクターを、はたして「ヒロイン」だと感じられるかというと――さすがに厳しいと思う。
しかし、魅力的な「ヒロイン」にはなれずとも、彼女なりに興味深いキャラクターには仕上がっており、その点は高く評価している。特に、彼女が樹からプレイヤーの感情移入先という重要な役割を引き継ぐ理屈には説得力があった。
余談になるが、レビューでの「見届け人」という表現にたどり着く過程で頭にあったのは映画『ダークナイト ライジング』のアルフレッドだった。やっぱりヒロインと表現するには厳しいね……。
ひなは飛翔する
今作のエピローグは好意的に評価している。
海。一樹と萬屋辰也は死んだこととされ、社会的に生まれ変わった二人の男が佇む。
樹はどろどろに溶かされた萬屋ひなの死体を知らぬうちに海に捨ててしまった。そのトラウマが、彼の中にひなの幻影を生じさせていた。
このエピローグの最後にはカメラがゆっくりと空へとパンしていき、さざ波の音は小さくなっていく。海の底、あるいは樹の中にいたひなが空へと飛翔したのだろう。そのままタイトル画面がこの空のビジュアルに差し替わるのは憎い演出だ。
ちょっと惜しいのが、このタイトル画面から『クリミナルボーダー』のタイトルロゴを消したのだから、凛のタイトルコールもなくしたほうがより効果的だっただろう。
プレイヤーが最後に目にする風景はひなが飛翔した空であり、プレイヤーが最後に耳にする音はフェードアウトするさざ波の音であるべきだった。ここははっきりと詰めが甘いと感じた。
おわりに
やっぱり、ヒロインは辰也くんだったね。